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海面全体が盛り上がるようにして押し寄せた大津波は陸地の奥深くまで到達し、今度は海に向かって戻っていきます。これを引き波と言います。緩やかな傾斜がついた地形では、陸地の奥深くまで入り込んだ膨大な量の海水が、強大なエネルギーを持って陸地の物を巻き込みながら、猛スピードで海に戻って行きます。この様子を撮影したのがこの映像です。



台風の後で起こる土石流のような感じですが、津波の場合は押し寄せる海水の量が桁違いに多く、その海水が今度は傾斜のついた陸地の上を駆け下っていくのですから、その破壊力は私たちの想像を遙かに超えています。

私は、津波がこんなに恐ろしいものとは思っていませんでした。岩手県の沿岸部ではここ数年、大学などの研究機関が最先端の津波研究に基き、地域の住民や児童生徒のために多くの啓蒙活動を積極的に行ってきました。また、それぞれの地域では先人の津波体験をもとに、いざという時どうするか、どこを通ってどの場所に逃げるかなど、津波に対する防災意識を高める活動が盛んに行われてきました。これは、「宮城県沖地震」が非常に高い確率で起こるという危機意識があってのことなのですが、そのような努力を重ねてきたにもかかわらず多くの犠牲者を出してしまったのは、私を始め人々の意識の中に津波を甘く見る何かかがあったからなのかも知れません。
by fieldnote | 2011-03-29 23:16 | 自然現象

Kくんが撮影した大津波関連の映像や画像はかなりたくさんあります。そのどれもが冷静に記録されており、今後の津波の研究や防災計画の策定等に生かしていくことができる貴重な資料になると思います。手ぶれの激しい部分もありますが、誰も経験したことの無い大津波を目の前に、しかも強い余震が続く中での撮影ですから、悠長に三脚をセットしている余裕などあるはずもありません。

今回は、安全な場所に避難した直後に撮影した押し波の映像を紹介します。波頭が白く砕けるような高波ではなく、海全体が大きく盛り上がるような、まるで、お湯がいっぱいに入ったバスタブに静かにからだを沈めた時にあふれ出るお湯のような、そんな感じで大量の海水が防潮堤を乗り越えていく様子を見ることができます。海岸近くは水深が浅いので、波が白泡を立てて猛スピードで進んでいることがわかります。



それにしても、防災無線ののんびりしたチャイムの音やアナウンスの声は、もう少しなんとかならないのでしょうか。断続的にサイレンを鳴らし続けるとか、刺激的な危機感を煽るような音を大音量で鳴らすとか、もっと工夫する必要があると感じます。大津波警報を告げているのに、日常の放送とちっとも変わらない音声では、人々の危機感を刺激することなく、積極的な避難行動にも結びつかないのではないかと思うのですが・・
by fieldnote | 2011-03-27 19:08 | 自然現象

大震災から10日余りが経ちました。沿岸部では、誰も予想もしなかった規模の大津波で多くの方が犠牲となり、未だに行方不明の人が大勢います。避難所生活を送られている方たちは、日が経つにつれて肉体的、精神的な疲労が増してきていることと思います。あらためて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方、避難生活を送られている方々へお見舞い申し上げます。

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3月11日、大震災のあった日の夜中に枕元に置いてあった電話が突然鳴りました。大船渡市三陸町にある北里大学海洋生命科学部の学生、Kくんからでした。Kくんとはこのブログを通して知り合い、何度か一緒にフィールドへ出かけたことがありました。「今、奥州市付近にいるんですが、これからそっちへ行ってもいいですか?」 就活で忙しい時期と聞いていたので、こちらには来ていないと思っていたのですが、用事があってたまたま大学に来ていたらしいのです。きっと地震や津波で大変な思いをしたのだろうと考え、詳しい事は聞かずに、とにかくこちらに来るように話しました。

電話を切ってから考えたのですが、地震後、あちこちに連絡をとろうと何度もかけ続けたのに通じなかったのにもかかわらず、Kくんからの電話は通じているのはなぜか? 彼の電話は地方ではつながりにくいことで有名なあのiPhoneなのに・・・ 

1時間ほど経って、また電話が鳴りました。待ち合わせ場所の近くのコンビニまで迎えに行ったのですが、停電で辺りはいつもとは全く違う雰囲気でした。部屋に戻り一息ついてから、Kくんは今日の様子を少しずつ話してくれました。

それによると、地震の当日は昼頃まで、陸前高田の古川沼辺りで野鳥の撮影をし、その後、越喜来(おきらい)のアパートに戻ってシャワーを浴びていた時に大きな揺れが来たそうです。風呂場から出ると本などが部屋に散乱していましたが、彼は服を羽織ってカメラ等の撮影道具を引っ掴み、車に乗って海の様子を見に行ったそうです。地震後の津波を想定していたところまではいいのですが、向かう方角は反対の高台でなければならないはず。一番危険な行動パターンをとったのでした。

越喜来の漁港近くには船を心配する漁師の人たちや、駆けつけたテレビ局?のカメラマンなどが集まっており、彼もそこに混じって海の様子を撮影し始めました。それがこの映像です。



デジタル一眼レフ(Nikon D90)の動画機能を使って撮影したのですが、周りの音声をきれいに拾っています。映像と共に記録された声や音を聞いていると、人々の表情や心理状態まで見て取れるような気がします。ちなみに実況中継のような話し方をしているのはKくんではなく、テレビ局?のカメラマン氏です。この段階では、この後、恐ろしい展開が待っているとは誰も考えていなかったと思います。経験したことの無いほど大きな揺れ、大津波警報、直接避難を呼びかける声や防災無線の放送など、これでもかというほどの危険を告げる要素に囲まれながら、ぎりぎりまで避難という行動に結びつかない人間の心理。それが、この映像から読み取れると思います。

周りの人の慌てぶりに危険を感じて車で逃げ出したKくんは、通り過ぎたばかりの道路に向かって次々と倒れてくる電柱や木々をバックミラーを通して見ることになります。「カーチェイスのようだった」と語るKくんですが、文字通り間一髪、あと少し避難行動が遅かったら、行く手は塞がれていたでしょう・・・

この直後、大きな津波に家や漁港の施設、防潮堤などがのみ込まれてしまいます。川を遡った津波は今度は引き波となり、家や車などすべての物を海へ引きずりこんでいきます。安全な場所まで避難したKくんは、その様子も映像に残しています。編集やアップロードにかなりの時間を要するので、そちらは次回に載せる予定です。


さて、その日からKくんとの共同生活?が始まりました。一関にある私の部屋は電気、水道は止まっており、暖房は電気のみだったので停電のため使えず、いろいろ不自由なことも多かったのですが、とにかく二人で暮らしていたおかげで、私は大変助けられました。私の車は、その時点でガソリンがほとんど空だったため、Kくんの車で職場まで送ってもらうこともありました。開くかどうかもわからないスーパーに買い物に行き、わずかな食料や生活用品を調達してくれたり、晩ご飯を作ってくれたりもしました。一人で居たら、大きな余震が続く中での不便な生活で、気が滅入ってしまっただろうところを、Kくんの存在が救ってくれたのです。
by fieldnote | 2011-03-24 21:43 | 自然現象

大地震

予感はありました。でも、こんなに甚大な被害を被ることになるとは・・・

人との交流、自然観察などで親しんできた岩手や宮城県沿岸部の惨状に心を痛めています。

一関は今朝、やっと電気が復旧。電話はまだ、つながりにくい状態です。

朝方、すごい数の消防車、救急車のサイレンで目が覚めました。

漏電による火事でしょうか。

水道はまだ出ません。

ガソリンはすっからかんで、車はあと少ししか走れません。

まだ、連絡の取れていない人たちがいますが、きっと無事でいてくれることと思います。

私は、ケガ等は無く、なんとか頑張っています。
by fieldnote | 2011-03-14 06:32 | 自然現象

早春の公園で

すき間時間を利用して、一関市内の釣山公園を散歩してきました。

夕方で、しかも曇っていましたが、駐車場で出会ったルリビタキのオスを撮影してみました。
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 以上 Canon EOS40D  EF300mm  F4L IS

灌木の枝と地面を往復しながら、エサを探しているようです。生け垣のこちらに立つ私に1mまで接近してくる大胆な鳥でした。
by fieldnote | 2011-03-11 07:16 | ルリビタキ